03


けれども何が可笑しいのか半兵衛は遊士の言葉にくつりと口端を緩めただけだった。

「君の見た世では秀吉が天下をとる事はないと?それが分かっただけでも十分な収穫だよ。そうならない様に手を尽くせば良いだけのことだし」

自分達にとって良い未来で無くとも、先を知る知らないで事は大きく違ってくる。半兵衛は遊士が政宗の元にいるのは都合が悪いとは言ったが、必ずしも遊士が必要だとは一言も言わなかった。

「ならば何故…遊士様を手に入れようとする?」

今も、殺すでも無く秀吉は遊士をただ拘束し続けている。

「分からないのかい?彼がいるだけで既に歴史は変わっているんだよ」

「なに?」

訝しんだ彰吾に半兵衛は言う。

「本来、第六天魔王織田信長は明智 光秀に裏切られることも、本能寺で討たれることも無かった。先代先読みの巫女が読んだ未来はすでに変わっているんだ」

「なっ…!?」

その先読みを聞き、彰吾も遊士も目を見開く。

(違う…、オレ達の知っている歴史と。どういうことだ?魔王は確かに本能寺で討たれる。最大の裏切者、明智 光秀に。そして、明智は…)

そこまで思い出していると半兵衛は更に驚愕の情報を口にした。

「これで魔王が天下統一をするという先見は白紙に戻った」

先読みの巫女は織田 信長が日ノ本を統べると読んでいたのか。にわかには信じがたい。

しかし、それが事実だとすれば。
まさかオレ達は…。

この時代に飛ばされて、遊士は与えられた一室で静かに決意した。

賢い者ならば歴史を変えぬ為に過去にあった出来事には関わらない。それを、あえて遊士は関わる事にした。
何か意味があるんじゃないかと。
そして、彰吾もまた遊士の選択に従った。

その意味が、

(変わってしまった歴史を修正する為だった…?)

先読みの読んだ未来。
遊士達の知る過去。
そこに生まれた齟齬。

しかし、証拠はなにもない。半兵衛の言質だけである。

動揺に揺れる心を抑えながら遊士は秀吉に捕らえられたまま掠れた声を漏らす。

「…その巫女は今どこに」

彰吾も刀を手に油断無く構えながら、耳を傾けて半兵衛の返答を待つ。
やがて半兵衛は遊士の反応を窺いながら肩を竦めて答えた。

「残念ながら魔王に殺されたよ。殺された理由は定かじゃないが魔王の不興を買ったんだろう」

「………」

その言葉を見定めるように遊士もまた半兵衛を横目に見て、だんだんとブレ始めた視界に唇を噛む。痛め付けられた身体が悲鳴を上げ、意識が遠退きそうだ。

ハッといち早く遊士の状態に気付いた彰吾は雷を纏わせていた刀を確りと握り直すと、腰と脇腹に走った激痛に額に汗を浮かべながら呼吸を整えた。

「さぁ、話はおしまいだ」

痛みに崩れ落ちそうになる足に力を込め、彰吾は地面を強く蹴る。

「時間稼ぎをした所で誰も助けになんて…っく!」

刀の切っ先から放った雷撃で半兵衛の気を反らし、その横をすり抜け遊士の胸ぐらを掴んでいる秀吉の腕に向けて彰吾は下から上へ刃を切り上げた。

ガツンと硬い秀吉の手甲に刃が当たって止まる。

「―…っの!」

「無駄だ」

切り上げた勢いを利用して無理矢理押し切ろうとした彰吾の腹部に秀吉の膝頭が突き入れられる。

「がはっ…」

ビシリと防具には亀裂が走り、腹から胸にかけて伝わった衝撃に息が詰まる。受け身も取れず後方へと吹き飛ばされた彰吾は地面に叩き付けられる直前何かにぶつかった。

「彰吾殿っ!」

「っ…ぅ、この声、真田、か」

「彰吾殿!確りして下され!」

どうやら地面に叩き付けられる前に真田に受け止められたらしかった。

幸村は顔を上げると厳しい眼差しで秀吉に拘束されている遊士と半兵衛を見据える。

「どうやって復活したか知らないけど、こんな場所にいても良いのかい甲斐の若虎。武田が負った傷は浅くはないはずだ」

「ぐっ…貴様に言われずとも分かっておる!」

揺らぐ心を決めてこの場に駆け付けたのであろう幸村は苦悶の表情を浮かべ、受け止めた彰吾から手を離すと背にしていた槍を掴み取り、立ち上がった。
逆に、それを見て半兵衛は左手に持っていた遊士の刀を後ろに控えていた兵士へと預け、右手にしていた愛剣を鞘へとしまった。

「秀吉、これ以上は時間の無駄だ。行こう」

「うむ」

「っ待て!…遊士っ!」

だらりと両肩を落とし、意識を失う寸前の遊士は常ならぬ彰吾の声を耳にして視線を巡らす。
秀吉の肩に担ぎ上げられながら、幸村で視線を止めた遊士はそれでも力を失わない射るような眼差しを幸村に投げ、言い放った。

「…オレに、構うな!彰吾を連れて退け!」

「し、しかし…」

「くっ…遊士なにを!…貴女を置いて退けるわけないだろ!俺はっ」

躊躇いを見せる二人に遊士はこんな時だからこそか、にやりと強気に笑って見せる。

「コイツ等に…オレは殺せねぇ。…なんてったって、オレには…最強の竜が付いてる…からな」

「遊士殿…」

それが虚勢だと分かっていても、向けられた力を失わない瞳の強さと輝きに、幸村は圧倒され動けなかった。
彰吾もまた言葉を紡げず拳を握り締める。

秀吉が背を向け、半兵衛、豊臣の兵士と主君を守るようにしながら次々と去って行く。

「今回だけは…、今だけは、命に代えてもその命令を聞くことは出来ねぇ!」

ドスッと刀を地面に突き立て、奥歯を噛み締めて彰吾は刀を支えにふらふらと立ち上がる。
遊士が下した命令を振り切り、刀を構えようとした彰吾の前に幸村が立ち塞がった。

「お待ち下され彰吾殿!」

「退け、真田!退かねぇならてめぇも斬る!」

すらりと、地面から引き抜かれた刀の切っ先が幸村に向けられる。
刃に乗せられた殺気が幸村の肌を刺し、彰吾の本気の程を知らせていた。


ビリビリと肌に突き刺さる研ぎ澄まされた殺意。それでも幸村は退かなかった。

「彰吾殿…御免っ!」

手にしていた槍で、臨戦態勢に入っていた彰吾の刀を叩き落とすと、幸村は崩れた体勢さえ立て直せない彰吾の腹部を槍の柄で打つ。

「がっ―…てめ…さな、だ…」

「申し訳御座らん。しかし、分かって下され。遊士殿は彰吾殿が後を追って来られるのを望んではおらん」

彰吾は薄れる意識の中、最後に幸村の苦渋に満ちた顔を見た。
それでも…

「遊士…っ…」

理性は納得しても彰吾の心はそれを良しとはしなかった。
ぐったりと意識を飛ばした彰吾を支え、幸村はグッと腹に力を入れその名を呼ぶ。

「佐助っ」

「はいはいっ、…と。どうするんだ旦那」

重力を感じさせない動きで、どこからともなく幸村の傍らに現れた佐助が現場を見渡し瞳を細めて幸村に指示を仰いだ。

「お主は遊士殿を追ってくれ」

「いいのか?」

「ただし、手出しは無用。遠くから遊士殿を見守っててくれ。俺達が必ず助けに行く」

豊臣が去った方角を見据える幸村の瞳に強い光が宿る。

「了解。…旦那も気をつけろよ」

佐助は真剣な顔でその命を快諾すると幸村に一言残して姿を消した。
ざわざわと落ち着かない様子の伊達軍。今にも食って掛かって来そうな数名の伊達兵に顔を向け、幸村は言葉を発す。

「某への文句ならば後で幾らでも聞く。ただ、今は一時も時が惜しい。暫しその不満を胸に抑え、共に政宗殿の元へ向かってはもらえまいか」

「…遊士様はどうするんだ」

「彰吾様は…」

「助ける。その為にも彰吾殿には少しでも傷を癒してもらい、こちらも体勢を整え直さねば」

その為にも幸村は政宗の元へ向かう必要があった。その思いは兵士達にも通じたのか、幸村は彰吾の手当てを手早く済ませると伊達軍を率いて本能寺へと馬を駆けさせた。



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